40代のオッサンのブログ

アジアカップ 日本代表 忘れなれない名場面3選

2019/08/19
 
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アジアカップにおいて、サッカー日本代表は名場面を作ってきた。

サッカー好きなあなたなら、すぐに思い出せるシーンがあるはずだ。

 

2019年アジアカップ日本代表は準優勝という結果で幕を閉じた。

優勝できなかったのは残念だが、準優勝という結果は立派だと思う。

 

なぜなら、過去に行われたアジアカップでも、楽に優勝できた大会はないのだ。

ここでは、

  • 2000年レバノン大会
  • 2004年中国大会
  • 2011年カタール大会

以上の3大会から忘れなれない名場面をまとめてみた。

サッカー

Pexels / Pixabay

 

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2000年アジアカップ レバノン大会

レバノンで行われたアジアカップも忘れなれない、名場面をつくってくれた。

フィリップ・トルシエ監督率いる日本代表は予選を順調に勝ち進んだ。

当時の日本代表は名波浩、高原直泰、中村俊輔、稲本潤一といったタレントが中心となった黄金世代が活躍していた。

 

予選は、持ち前の攻撃陣が爆発し、13得点を取って圧倒的な強さで、決勝リーグへと勝ち進んだ。

そして忘れられない名場面は、決勝トーナメント準々決勝、イラク戦でおとずれた。

 

前半7分右サイドでFKを獲得。

キッカーは歴代の日本代表の中でも、1.2を左足を持つ中村俊輔だった。

中村俊輔は蹴る前に、一度フェイントを入れ、ペナルティエリア外の名波浩に絶妙なグラウンダーのパスを出した。

そして、名波浩はそのボールをノートラップ左ボレーで決めて見せたのである。

僕は、このシーンを見たとき、【キャプテン翼】を思い出したものだ。

 

このゴールが忘れられない理由は

  • 中村俊輔の正確なパス
  • 名波浩が左からのパスを難しい左ボレー
  • 日本が誇る左足のスペシャリストの競演
  • 旧背番号10番から新背番号10番へのパス

と、アジアカップで奪ったゴールの中でもひと際輝いている。

 

僕はこのゴールを忘れる事はないだろう。

2000年のレバノン大会は見事優勝を飾った。

この大会を通じ、幾度となくビックセーブを見せた川口選手の姿も名シーンの一つである。

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2004年アジアカップ中国大会

この時の監督は、神様ことジーコだ。

神様率いるアジアカップでも名シーンが生まれる。

2004年中国大会は日本代表にとって、完全アウェーの状態で、全ての試合が行われた。

それは、当時の中国による反日感情が高まっていた背景がある。

 

また、戦力的にも中田英寿が怪我により参加できず、予選から厳しい戦いが続いた。

何とか予選を勝ち抜き、準々決勝ヨルダン戦に名場面はおとずれた。

それは、1対1の同点で、延長でも決着がつかず、PK戦での事だった。

PK戦は

日本   ヨルダン

  • 1人目  ×     〇
  • 2人目  ×     〇
  • 3人目  〇     〇
  • 4人目  〇

上記の様に、4人目の日本代表が終わった時点で、2対3・・・絶対絶命に追い込まれてしまう。

当時僕は、体調を崩して入院しており、病室で見ていたが「もう負けた」と諦めていた。

 

だが、アジアカップ史上最高の名場面はここからおとずれた。

まず、4人目のヨルダンのシュートを川口選手がセーブ。

日本の5人目が何とか成功し、ヨルダンの5人目を迎える。

 

ここで何と、ヨルダンの選手がシュートを枠外に飛ばしてしまうのだ。

だが、これでやっと五分・・と思ったのもつかの間、日本の6人目が失敗してしまう。

 

僕は、「もうだめだ」そう思った。

いや、日本中のサッカーファンがそう思ったに違いない。

だが、6人目のヨルダンのシュートに対し、川口選手がまさかのビックセーブ!!

 

日本は、7人目が成功し、ヨルダンの番を迎える。

ここで、ヨルダンの7人目のシュートに川口選手は完全に逆をつかれる。

だが、ボールはゴールポストに当たり、奇跡の勝利を収めた。

 

僕は、入院しているにも関わらず大声を出してしまい、看護師さんに怒られたものだ。

 

サッカーを見てきた中で、こんなに興奮した事は、あの時だけである。

川口選手の奇跡のビックセーブ。

それが、アジアカップの忘れなれない名場面のひとつだ。

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2011年アジアカップカタール大会

2011年カタール大会。

この時のザッケローニ監督率いる日本代表は、本田圭佑、香川真司という絶対的なエースが中心だった。

予選は、ヨルダンに引き分け、シリアにも1対0と苦戦を強いられた。

また、決勝トーナメントの準決勝でも、韓国にPKで勝つなどギリギリの状態で決勝までたどり着いた。

 

決勝は、強敵オーストラリア代表。

互いに点を奪うことが出来ず、スコアレスドーローのまま延長に突入。

 

その延長戦で名場面はおとずれた。

左サイドを突破した長友選手が、センタリング、ゴール前で待ち構えていた李忠成選手が、ノートラップ左ボレー・・・

オーストラリアのキーパーは一歩も動けず、ゴール左に突き刺さった。

 

そして、李忠成選手のゴール後の弓を放つパフォーマンス!!

今でもはっきり覚えている。

 

ゴール前の李忠成選手は、フリーではあったが、見事にノートラップでゴールに叩き込んだ。

そして見事に、2011年カタール大会は優勝を果たしたのである。

 

このゴールはアジアカップの忘れなれない名場面のひとつだ。

 

余談だが、この試合の次の日、李忠成選手の所属チームである「サンフレッチェ広島」のファンである上司が質問してきた。

「あのゴールは何でノートラップで打ったか分かるか?」と・・・

その上司を嫌いだった僕は「わかりません」と答えた。

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アジアカップ名場面のまとめ

アジアカップには、ワールドカップとはまた違った緊張感が漂っている。

そして、どこか泥臭さも漂っている。

僕はアジアカップが行われると、必ず川口選手の事を思い出す。

 

今回、名場面をまとめてみて「アジアカップ」における川口選手の貢献度の高さが改めて分かった。

川口選手がいなければ、優勝できなかった大会もあったのでは?と思う。

そして、またアジアカップが行われる度に僕は「川口選手」を思い出すだろう。

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