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【城島健司】イチローも認めたメジャーリーガーの実力 そして息子は?

2020/03/12
 
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城島健司さんが、2020年福岡ソフトバンクホークス球団会長付特別アドバイザーとしてプロ野球の世界に帰ってきました。

 

釣りにしか、興味が無くなってしまったと思われた男が帰ってきたのです。

 

2019年ジャイアンツの捕手、阿部慎之助選手が引退しました。

 

阿部慎之助選手は、捕手という大変なポジションでありながら、強打を誇っていた数少ない選手です。

 

そして、阿部慎之助選手に勝るとも劣らない打力を持っていたのが、ソフトバンクホークスに所属していた城島健司選手です。

 

城島健司さんは、捕手として日本人で初めてメジャーリーガーとなりました。

 

その実力は、あのイチロー選手も認めていたほどです。

 

ここでは、城島健司選手の実力と、息子さんについてまとめてみました。

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城島健司さんのプロフィール

1976年6月生まれ。

 

長崎県佐世保市の出身です。

 

プロ入りの経緯は、別府大学付属高等学校での活躍を見込まれて指名されました。

 

結果的に、ダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)に入団するのですが、元々は大学への進学を希望していたそうです。

 

ですが、城島健司さんが憧れている王貞治さんが監督を務めるチームからの指名でプロ入りを決意したのです。

 

入団してからは、キャッチングが上手くなかったものの、工藤公康投手らの指導でメキメキと実力をつけていきました。

 

時には「座ったままセカンドへ送球する」という日本人離れしたプレーも見せました。

 

また、守備面だけでなく打撃面でも優れており、アテネオリンピックでは日本代表の4番を務めています。

 

そして、2005年にシアトルマリナーズと契約し、日本人の捕手として初めてメジャーリーガーとなります。

 

捕手というポジションでの大リーグ挑戦は、他のポジションとは全く違う難しさがあったでしょう。

 

なぜなら、「言葉の違い、野球とベースボールの違い、文化の違い」があるからです。

 

ちなみに、日本人で城島健司さん以来捕手としてメジャーリーガーとなった人は一人もいません(2020.3現在)

 

メジャーでは、2007年に135試合に出場するなど、その実力を発揮しました。

 

また、打撃でも1年目から17本塁打を記録しました。

 

これは同じ大リーグで活躍した松井秀喜さんの1年目の16本塁打を上回っています。

 

城島健司さんの打力が、いかに優れているか分かると思います。

 

ですが、度重なるケガもあり、日本球界に復帰。

 

阪神タイガースに入団すると1年目からゴールデングラブ賞を受賞しました。

 

ですが2年目からは、怪我により思うような結果を残すことが出来ず2012年に引退しました。

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城島健司とイチロー

日本人選手のメジャーリーガーというと、多くの人はイチロー選手を想像するのではないでしょうか?

 

そのイチロー選手が、城島健司さんのことを「天才」と語っています。

 

それは技術面はもちろんの事、城島健司さんが野球を「2番目に好きなもの」と公言しているからです。

 

野球に全てをかけてきたイチロー選手にとっては信じられないのでしょう。

 

では、城島健司さんの1番好きなものは何かと言うと「釣り」です。

 

釣りへの愛情は野球選手を引退した後、テレビの冠番組を持つほどです。

 

城島健司さん程の実績を残した選手であれば、現役引退後にテレビの解説や、スポーツ番組で姿を見せるのが普通です。

 

ですが城島健司さんには、一番大切な「釣り」があった為、長い間球界から離れる事になったのです。

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城島健司さんの息子

城島健司さんの息子は、その遺伝子を継いで野球をしているそうです。

 

小学校4年生から野球を始め、捕手を目指したこともあったが、断念したようです。

 

捕手は野球の中で特殊なポジションだからでしょう。

 

城島健司さんは息子の打撃を指導し、親子で野球に取り組んできたようです。

 

元プロ野球選手に指導してもらえるなんて、羨ましい限りです。

 

ですが、元プロ野球選手だからこそ、妥協できず息子にきつく指導したのではないかと思います。

 

高校卒業後は、大学進学か、調理師関係の専門学校への進学を考えているとの事。

 

息子さんが調理に興味を持ったのは、城島健司さんの釣りが関係している様です。

 

おそらく、釣った魚を調理している様子をいつも見ていたのでしょう。

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まとめ

城島健司さんは、アテネオリンピックで日本代表の4番を務める実力の持ち主でした。

 

また、守備面では捕手として座ったまま二塁に送球できるほどの強肩でした。

 

さらに、城島健司さんの球界復帰が遅くなったのは、大好きな「釣り」のせいでした。

 

イチロー選手に「天才」といわれた城島健司さん。

 

これからは、指導者として活躍してくれるでしょう。

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