野球の流れとは その正体に迫る

少年野球、プロ野球、高校野球、一口で野球といっても様々なものがあるが、全ての野球の試合を通じ、良く耳にする言葉がある。それが「流れ」だ。
「あの一球で流れが変わった」「あの一点で流れが変わった」など色々な使い方があるが、流れという言葉の正体は何なのか?
結論から言うとそれは「選手の精神的なもの」に他ならないと思う。
極端な話、「あの一球」は絶対にそれ以上でも、それ以下でもないはずだ。
ここでは、息子が少年野球をしていて、多くの試合を見た経験から、その流れの正体をおってみたい。
大量得点の場面
大量得点のイニングがあった場合、その原因を一言で「流れ」という事が多い。
だが、冷静にそのイニングを振り返ってみると、ファーボール、野手のエラーが絡んでいることがほとんどだ。
そして、投手のファーボールが野手のエラーを呼び込んでしまっていることが多い。
投手がファーボールを連発してしまうと、野手はリズムを崩し精神的に冷静でなくなるものだ。
だから、その状態で守備を行うとエラーの可能性が普段より増してしまうのだ。
また、ピッチャーはそのエラーで精神的なダメージを負い、良いピッチングが出来なくなるという悪循環が生まれてしまう。
大量得点のイニングにはこういったケースが多く見られる。
ピンチの後にチャンスあり
ピンチを凌いだ次の攻撃で得点した時も「流れが変わった」という表現を使う事がある。
この場合の「流れ」の正体は、選手の精神的な高まりだろう。
相手チームのピッチャーはチャンスの際に得点できないと少なからず、がっかりしているはずだ。
その投手を相手に、精神的に高まったバッターが立ち向かうのだから得点する可能性は高くなる。
また、守備をする野手もチャンスをつぶした後は、「しっかり抑えなければならない」という気持ちで体が硬くなり、エラーが起きやすいだろう。
これが、「ピンチの後にチャンスあり」の正体だと思う。
応援による後押し
ピンチを凌いだ後、良い投球で相手を抑えた後、ファインプレーが生まれた後、などに精神的に高まるのは選手だけでは限らない。
そのチームを応援する人々も同じ状態になる。
だから、当然応援する声も大きくなるものだ。
この応援は、自分のチームの場合には、気持ちが高まり、相手チームのものだと、全くの逆になる。
応援も、選手に与える影響は少なくないと思う。
いずれのパターンの「流れ」の正体も、全て選手の精神的なものから起こっている事は間違いない。
なぜなら、仮に気持ちを持たない機械が野球をプレーしたならば、決して「ピンチの後にチャンスあり」は起こらないからだ。
そこにあるのは個人の能力、連携などのデータから算出される確率によるプレーだけだろう。
確かに野球における「流れ」は選手の精神的な抑揚によって存在する。
だが、大事なのは全てを「流れ」で片付ける事ではなく、どうしてその「流れ」が起きたかを考える事が、勝利に繋がると思う。